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福岡高等裁判所 昭和32年(ラ)81号 決定

抗告人 松本甚太郎 外八名

主文

一  抗告人松本泉の抗告を却下する。

二  その余の抗告人ら八名に関する原審判を取消す。

本件を熊本家庭裁判所に差し戻す。

理由

一  抗告人らの抗告の趣旨及び理由は別記のとおりである。

二  (一) 抗告人松本泉の抗告について。

記録によると同抗告人は、本件相続放棄の申述をなした前から現在までその所在不明であつて、該申述は同人の意思に基くものでないことが明らかであり、ひいてまた、本件抗告も同人の意思に基くものでなく、また同人の意思に副うものでないことが推認されるから、本件抗告は不適法として却下を免れない。

(二) その余の抗告人八名の抗告について。

原審は「被相続人上田タキは昭和三一年一〇月二七日熊本市本荘町四八三番地で死亡したところ、同人にはその相続人となるべき直系卑属・直系尊属及び配偶者がなく、同人の異母兄松本卯蔵は昭和一一年二月六日に、異母姉松本ソノは大正一一年九月八日に死亡し、他に相続人となるべき兄弟姉妹がない。抗告人らはいずれも右松本卯蔵の直系卑属である。」ことを確定しついで、抗告人らの「抗告人らは松本卯蔵を代襲相続することによつて上田タキの相続人となつたのであるが、相続をする意思がないので相続を放棄する」との申述に対し、「民法第八八八条にいわゆる代襲相続の規定は共同相続人のうちの一部の者が相続権を失つたときに、その直系卑属をその者と同順位に引きあげるものと解すべきであり、本件の民法第八八九条第一項第二号第二項の場合について、兄弟姉妹のうちの一部の者が死亡し、または相続権を失つた場合にその者の直系卑属について代襲相続が生ずることは疑ないが、兄弟姉妹が全員放棄したときはもちろんのこと、全員死亡したときも、順位を引きあげる問題は生じないと解すべきものであり、従つて代襲相続が生じないことは当然である。ところで本件において抗告人らの代襲相続権が生ずるためには、松本ソノが相続権を有することが必要であるのに、同人は大正一一年九月八日死亡しているので、抗告人らの「代襲相続による亡タキの相続権」を前提とする本件相続放棄の申述は、その他の点について判断するまでもなくいずれも不適法である。」旨説示し、申述却下の審判をなしている。民法第八八九条第二項後段において準用される同法第八八八条の相続人となるべき者とは、相続開始のときにおいて、死亡又は相続権を失わないで生存していたならば、当然に相続人となるべき者をいうのである(旧民法第九九五条に関する昭和三年(オ)第一〇七八号同四年一月二二日大審院第二民事部判決八巻六頁。なお大正一三年(オ)第四五七号同一四年三月九日同第一民事部判決理由等参照)。したがつて、兄弟甲乙(または甲乙丙の三兄弟)と、乙の子Aある場合、先ず乙が死亡し、ついで甲(または甲及び丙)が直系卑属・配偶者及び直系尊属なくして死亡したとすれば、Aにおいて乙を代襲し被相続人甲を相続するものと解すべきで、この場合Aの代襲相続の要件として甲乙丙の合計三兄弟が存し、かつ丙が甲死亡の際に生存していることが必要であつて、丙と共同することによつてのみはじめてAの代襲相続が肯認されると解しなければならぬ成法上の根拠はない。(共同相続人のうち一人が相続を放棄した場合を規定する民法第九三九条第二項と、第八八八条とを比較対照すれば了解されるであろう。)原審のような有力な学説があるけれども、これに従えば、相続人たるべき兄弟姉妹のうち一部の者が死亡した場合においては、死者の直系卑属は、死者を被代襲者として、死者の生存兄弟姉妹と共同相続するけれども、偶々兄弟姉妹の全員が死亡すれば、その直系卑属には、代襲による相続が認められないことになる。かような代襲すべき者にかかわりのない一部死亡か全員死亡かという偶然の事情に代襲相続権の存否をかからしめる解釈は、明文のないかぎり不当というの外はなく、ことに、兄弟二人だけしかいない場合には説明に窮するであろうし、実際に生起するであろう一般ひ近の事例を考えて見るに、甥姪がいるのに、被相続人たる伯叔父母の遺産は甥姪にいかないで国庫に帰属してしまうのである。この結論はまた扶養に関する民法第八七七条第二項の規定とも均衡を失するし、(同条項によつて甥が老年の伯父と同居しこれを扶養している場合に、伯父が右甥の外に親族なく、居住の家屋を遺して死亡したと仮定し、該家屋が甥に相続されないで、国庫に帰属すると説くことのいかに不合理であるかが顧みられなければならない。)家督相続に関する旧民法第九七九条・第九八二条ないし第九八五条の諸規定の把握領域よりも、財産相続人の範囲をひとしく兄弟姉妹にまで認め、さらに進んでその直系卑属に代襲相続権を拡げた新民法第八八九条第一項第二号第二項後段の規定の適用分野を、より制限縮少するの結果を招致するもので、当裁判所の到底採用し難いところである。したがつて、原審認定のような事実関係においては、他に格別の事情の存しないかぎり抗告人らを被相続人上田タキの代襲相続人と認めて、本件相続放棄の申述を受理するのを相当とするにかかわらず、原審がなんら格別の事情につき認定することなく、たやすく冒頭摘示のように説示して、本件申述を不適法として却下したのは不当であつて、抗告は理由があり、原審判は取消を免れない。

(三) よつて家事審判法第七条非訟事件手続法第二五条民事訴訟法第四一四条第三八三条家事審判規則第一九条第一項に従い主文の通り決定する。

(裁判長判事 二階信一 判事 厚地政信 判事 秦亘)

抗告の趣旨

原審判を取消し、抗告人等が熊本家庭裁判所になした亡上田タキの相続放棄の申述はこれを受理する、旨の決定を求めます。

(1)  被相続人上田タキは昭和三一年一〇月二七日熊本市本荘町四八三番地に於て死亡しその相続人となるべき直系卑属及び直系尊属、並に配偶者がないので、抗告人等はその相続人であります。すなわち

(イ) 抗告人甚太郎は亡タキの亡兄卯蔵の三女亡チヨの夫であり、卯蔵の養子である。

(ロ) 抗告人司、同泉、同ムツ子、同キミは上記亡チヨの子女である。

(ハ) 抗告人一男、同秀貴、同フジエは上記卯蔵の長女亡ワイの子女である。

(ニ) 抗告人タツは亡卯蔵の五女である。

の関係にあつて亡卯蔵は亡タキの亡父栄作の長男で昭和一一年二月六日死亡し栄作の長女ソノは大正一一年九月八日死亡したので亡タキの兄妹は被相続人タキよりも前に死亡し、ソノには相続人なく卯蔵だけで抗告人等のような子又は孫が存在しているのは事実であります。

(2)  本件相続は所謂代襲相続権の有無の裁判を求めるのでありますが亡タキには直系卑属がないので民法第八八七条同第八八八条による相続人なく、又直系尊族もないので抗告人等は民法第八八九条第二項により同条第一項第二号の兄妹の直系卑属に該当し第九〇一条第二項及び第一項により亡タキの相続人としての相続分の相続権を有するものである。従つて亡タキに兄卯蔵の外に直系卑属を有する相続人のない場合には代襲相続の問題は起らないとする原審判は誤りで、代襲相続は法定の相続権ある者(民法第八八九条第一項第二号)が相続開始前に死亡しその他の事由で相続権を失つた場合にその者の直系卑属がその相続順位に於て相続することであつて共同相続人の有無を問うところでない。尤も新民法は家督相続制度を廃止したので相続問題は専ら旧民法の遺産相続の規定の存するところが新民法の継受した所であるから旧民法には兄弟姉妹の遺産相続権はなかつたので上記卯蔵は民法改正前昭和一一年二月六日死亡しているので既に相続権なき者の直系卑属である抗告人等は代襲相続権ないとの考えから亡タキに新法施行後相続ある兄弟姉妹なき本件では共同相続人を引きあげる場合にあたらないと云う見方もなされうるも之は誤りで新民法施行に当りこれにつき何等経過規定なく寧ろ新民法第八八八条第八八九条第九〇一条の規定は無制限に相続人の分野を定めたものと解すべきであつて又これが相続法制定の趣旨に合する。旧法は家督相続制度に於ける代襲相続と選定相続の規定を設け相続人曠欠なきような制度を設けたのであるから本件のような場合を生ずることはなかつた。近親者又は縁故者から相続人を選定する最後の方法があつたのに同制度の廃止された新法となつて原審の如く制限解釈をすると著しく相続人曠欠の場合を生ずるのであつてかかる問題もあるので新民法の当該規定は旧民法家督相続代襲相続の規定と同様の代襲相続権を認めたものと解すべく本件においては抗告人らは本家の嫡子卯蔵の跡を継いだ松本ツマをして相続させるため抗告人等は相続を希望せず相続の放棄をなしたもので此の意味を解せず徒らに相続人曠欠を推進せんとする原審判は不服につき抗告をなす次第であります。

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